Web Direction Magazine

新卒webディレクターのユウジが立ち上げたブログ。webやIT関係の記事を主に書いています。自分の成長の記録である「定点観測」では日々の気づきを記しています。

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「カタカナ語使う人嫌い」は建設的ではないし、意識が低すぎると思ったお話

 

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今回は、カタカナ語について話そうと思う。

結論として、僕はカタカナ語を使うこと自体は悪いことじゃないし、「カタカナ語を使う人は嫌い」とか言ってる人は意識が低すぎると思う。(のでこういった発言をした人は相手にしないことにしてる。)

 

 

では、なぜそう思うのか。それを今から説明したい。

 

学生時代には僕も同じように「カタカナばかり使う人は嫌い」と思った経験があるし、今でも意味もなくカタカナ語にしていく話し方は嫌いだ。アホだとすら思う。

 

ではなぜ嫌いなのか。

それは和語でも表せることをわざわざカタカナや英語に変換してくれるからだ。

それって和語で言えるよね?っていう言葉がたくさんある。

 

 

コミュニケーションの本質は相手に意図が伝わることにある。

決して伝える側に本質はない。聞き手が理解できるかどうかが重要だ。

 

 

なのに「カタカナ語使える俺かっこいいだろ?」と言わんばかりにわざわざ相手が理解できない単語を使って会話をする人のことは理解できない。

 

 

逆に言うと、そのような状況でなければ、カタカナ語を使うこと自体は悪いことではないと思う。

 

だって、カタカナ語も和語と同じように日本語であってその間に優劣はない訳で、あるのは「その単語知らない」という聞き手が感じる劣等感だけだとすら思うから。

 

 

 

考えてみよう。

 

各分野で先進的な国において生まれた新しい概念とか言葉を輸入した場合どうなるか。

当然和語では表せずにカタカナ語を用いることになる。

 

ここで新しいことはなるべく取り入れたくない現状維持路線のいわゆる意識低い系が「カタカナ語ばかり使うなよ」とか「知らない単語使わないでほしい」とか言って足を引っ張る。

 

 

つまり、「カタカナ語使う人嫌い」と言ってる人が言いたいのは「知らない単語を使わないで、知ってる単語で話して」という現状維持であって知らないことへの劣等感だ。

 

 

 

「何その単語?どういう意味?」の方が圧倒的に建設的じゃないかな?

 

 

合理的に考えれば、カタカナ語を使うことは理にかなっているし、使いたくないと意固地になるのは意識が低すぎる。

 

 

そう思った2017年最終月でした。

 

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